久しぶりです。
PCのファイルの整理をしてましたら、懐かしいものが出てきました。
自分で読んでいて、ものすごくこの人ふざけてるなぁと省みました。
少しばかり手を加えようと思って書き直していたら、大分長くなってしまいましたが、折角なんで暇つぶしにでも読んでみて下さい。
続きもちらちらアップしたいと思います。
『Crocodile dream』
1
ほら、やっぱり朝が来た。この世はみんな均等に残酷だ。そういうもんだ。薄いクリーム色のシーツから滑り起きる。それはひんやりと私の身体を包んでくれる安らぎの場所。一日中ここに潜って夢に自分を預けたら、それはどんなに幸せなことだろう。揺れるカーテンを見つめながらいくらでもこうして居られる。今日は昨日よりずっと天気が良い。太陽の匂いが近い気がする。
「早くしなきゃ」
色々なこと、早くしなきゃ。安らぎの場所というのは、ずっと立っていられない場所だからこそそう呼ぶんだと知っている。そう、もう私知ってるんだ。それにいざ布団の中にずっと潜っていても、退屈という強敵が私を襲うだろうし。あ、それに自己嫌悪。
朝食は近くのコンビニで買った紙パックのフールツオレとお徳用のスナックパン。いつも帰り道に閉店ギリギリのところに滑り込んで値下げ商品を買い込む。東京に夕方6時に閉まるコンビニがあるということを私はこの街に来て初めて知った。カエルが鳴くのは求愛行動だということもこの街で知ったような気がする。いつも通り、美味くも不味くも無い。グラスも皿も使わない。洗うのが面倒だから。でも、ほんとは牛乳で割ったジュースなんかより、苦い苦いコーヒーが好き。
「紙パックは資源ゴミ、ストローは燃えないゴミ」
ひとり言を言いながら、胃に無理矢理流し込んだら、熱いシャワーを浴びる。火傷するんじゃないかってくらい熱いシャワーがいい。頭が冴えるから。そこまでの私との約束事は絶対立ち止まったり考え事をしてはいけないってこと。
「早くしなきゃ」
時間が無いわけじゃない。ただ時間に追われるということに救われる。ただそれだけ。約束事にはきちんとした理由があるの。一息つくと一瞬で嫌になるから、今日という1日が。
シャワーを浴び終わると寒々とする季節が来た、と思う。思って思考を散らす。感傷的になるようなワードは禁物だから。とくに季節の変わり目なんかは人の気持ちを意味もなく物寂しくさせる。そんなこと許せない。シャンプーの匂いが漂う髪の毛を手早く乾かして、下着姿のままベッドに座り込んで化粧をする。生乾きの髪の毛先は気持ち悪いけど、やっぱり滑らかなシーツは気持ち良い。指先から落ちたパフがシーツの上に落ちて、深いため息をつく。ファンデーションの色が少しだけシーツに付いたから。最悪。週末は雨が降るからシーツは洗えないのに。噛み締めた唇から鉄の味がする。眩しすぎる朝の陽が余計に憂鬱に引きこんでいく。
「・・・早くしなきゃ」
落ちていかないように引きとめるのはいつも自分。クローゼットに並べてある下着はほとんど白色。あの人は純白の白い下着が好きみたいだから。清純なイメージ?男も女のように妄想しているのかな。そうだとしたら、人間は性別に関係なくすべての人間が妄想にふけっていることになる。みんながみんな現実逃避しているのにどうして、この世に生きる意味があるのだろう。
化粧もナチュラルメイクを心掛けている。あの人はそれが好みらしいから。ナチュラルメイクっていうのはしっかりメイクをするよりずっと手が掛かる。
白い下着しか履かずにナチュラルメイクをする女に、清純なやつなんていないと思う。本当にそう思う。現に私がそうなんだから。
化粧が済んだらすぐにその辺に重なった服を適当に選んで着る。あの人は服装にはこだわらないらしいから、なんだっていい。こだわらないでくれてありがとうと今月だけで3度は感謝した。スカートを履く。大抵の男性はスカートが好きだから、あの人もそうだといい。男は脚が好きなんだ。少しくらい太くたって、脚が好き。生脚ならなおいい。そして生脚で出かけてく女は清純とは程遠い。ほらね、いろいろなことが理にかなってない。でもそういうもんだ。
低くもない高くもないヒールの靴を履いて勢いよく玄関のドアを蹴り上げる。それでも下着は純白。横目で睨むように隣の家のドアを見る。そこはまだ眠っているように静かで。隣の女は昨日もまた男と楽しそうに笑っていた。週に2度必ず男を連れ込む。決まって火曜と金曜の夜。不倫じゃないかと睨んでいる。男は汗臭い不細工なオヤジ、だったらいいなと思う。それにしたってきっと話し上手な男なんだ。じゃないとあんなに楽しそうには笑えない。
週にたった2度だけ、壁越しの彼女は幸せそうだ。でも隣の女は残りの週5日は幸せにはほど遠く、憂鬱に過ごしているんだろうと私は心から信じている。
鈍い音をたてて鍵が閉まる。駅まであの人の優しく穏やかな声を聴こう。耳の奥で響く艶のある声色が、ひねくれた私の全てを溶かしてくれる。汚れがさらさらと流れ落ちて、清められていく心地良さ。破滅的につまらない私の人生をあの人が救い出してくれる。
つまらない仕事だと思う。ただ、仕事をしないとあの人に会えないから。その為になんの価値もない無駄な時間を1日8時間も過ごしている。価値を見い出せないのは私自身なんだけど。
誤字脱字だけに注意をはらって、あとは無心にキーボードを叩く。その内に足が溶けて床と一体化してしまうんじゃないかと思う。立ち上がっていくら足を持ち上げても、もう2度と踏み出せない。それは物凄く恐ろしい。
まだ子供だった頃、横断歩道の白線を踏み外すと大きな口を開いたワニに食べられてしまう、そう信じていた。内臓がズタズタになるまでワニはその牙から解放してくれない。あの青の点滅がえらく長い信号に居たワニが、このオフィスにも居ると思う。無色透明のクロコダイル。
だからヒールのかかとは着いたらいけない。ワニの歯は鋭い。ガブリだ。ガブリコリコリだ。コルコルでも感じとしては間違ってないかな。
ワニ吉さん、私の内臓の歯ごたえはいかがですか?人間のほとんどは水分みたいだから、白子の天ぷらくらいかな?去年の社員旅行で出た懐石料理、不味かったなぁ。
「・・・・はぁあ」
そういう無駄にグロテスクな妄想を膨らませていると大概は誤字脱字をする。人間は反省する生き物だ。ワニ吉とはしばらく距離を置こう。なんたってもう大人なんだから。他人によく言われることを自分にも言ってみる。
「里子ちゃん、コーヒー入れて。」
ワニ吉と決別した私に篠原が声をかける。立ち上がってもまだ足は踏み出せる。短い返事をして歩き出す。勿論、かかとは着けないように慎重に。お茶でもコーヒーでも入れますよ。どうってことない。篠原、こっそり秘密の白子を入れてあげよう。うっかりかかとを着いたけど、運よくワニ吉は冷たい床の中で眠ったままだ。熱帯地域に生息するあんたがこんな冷たい床で生きてるなんて。あんたの根性には圧巻だよ。どうしたら謙虚に逞しく、現実を生きれるのか、私に教えてよワニ吉。
五時になったらマッハで帰る。マッハだ!マッハってどの位の速さなんだか知らないけど、とにかくマッハなんだ。マッハ!会社から出たら、やっぱりあの人の声を聴く。少し汗ばむくらいの早歩きでいつものコンビニへ向う。6時まではまだ時間が充分にあるけど、店長のおじさんの気分次第で下手すると5時半に閉店だから油断禁物。マッハ!
今日はレトルトカレーを買う。一番安いやつ。それもあの人と会う為。そう思うとなんて人生は素敵なんだろうと思う。あぁ、人生は素敵。うっかり福神漬けに手を伸ばそうとした自分を強く叱って家に帰る。贅沢は敵だ!
家に帰ったら、シャワーを浴びる。1日の汚れを洗い流すんだ。ちょっと熱湯すぎて軽度の火傷をした気がする。気のせいだといい。気のせいじゃなくても軽度ならいいや。そういうもんだ。あの人に会う為に。パソコンを起動する。あの人に会う為に。洗濯機を回して、お湯を沸かす。
そしたら今日初めて一息つくんだ。目が覚めて12間後に私は初めて呼吸をする。だから人生って大変だ。もー大変、大変。
世の中の大抵の男は煙草を吸う女を嫌うだろう。そう、例外なくあの人も嫌うだろう。それでも煙草だけは止められない。仕事も外食も福神漬けも夜遊びも恋人も我慢するからそれだけは許してね。
そんな私は最低な女だと思う。そう言えてしまう私は。煙草さえ止めれば私は最高な女なのに。あの人にとって。あの人にとって?そうだ。そうだよね。あれ?そうだっけ?
それでも仕事が終わった後のメンソールの煙草は死んでもいいくらい気持ち良い。美味しいんじゃない、気持ちが良いの。呼吸することは気持ちが良い。何故かいつもこの瞬間、私は泣けてくる。下手くそにしか泣けない自分が少し可哀想に思う。
パソコンが起きた。おはよう、心の友よ。遅く起きるのって最高だよね、もう午後8時だけど。私、友達はあなただけでいいわ。
あと一時間後にはあの人に会える。素晴らしい時間。地デジは最高だ。何たって画質がいい。
地デジってなんのことだかよく知らないけど。え、地デジってなに?
録画はリアルタイムで行う。無駄なテレビCMをカットするんだ。彼にはシンプルっていう言葉がよく似合う。無駄なものはいらないんだ。必要が無いんです。彼の美しさにテレビCMはいらない。結局は私の自己満足だけどさ。
後47分25秒で彼に会える。手が汗ばむ。顔がにやける。人生は素敵だ。お母さん、産んでくれてありがとう。これは恋だと思う。誰がなんと言おうと恋だと言おう。そして恋からは愛が芽生えると信じている。そう、信じている。
「お湯。お湯・・・」
レトルトカレーだ。甘口だ。人生は素敵だ。レトルトカレーは美味しいから、やっぱり人生は素敵だ。ビールの泡が清純を邪魔する。でもビールは美味しいから。発泡酒だけど、やっぱり人生は素晴らしいんです。
15分前から液晶テレビの前に座り込む。液晶の意味もあんまり分からない。薄いってことか、薄いってことなのか。
洗い物は済ませてしまおう。それは少し清純な香りがする気がする。いや、だが手がカレー臭い女はあの人が嫌うか?嫌うだろう・・・手先がカレー臭い女を好む男がいるわけがない。家庭的とは少し違う。それに私の手のカレーの香りは手作りではなくレトルト。あ、でも人間の姓癖って簡単に常識を越えるからな。あれ?家庭的と言えば家庭的のような気もする。
というか彼はカレーは好きだろうか?カレーが嫌いな人間なんかいるのだろうか?いないよ。いるわけない。私大好きだもん、カレー。・・・だめ!私。決めつけてはならない。
彼の全てを見つめるんだ。愛することはよく見つめることだと思うから。
よし、後でネットで調べてみよう。なんたって私の心友はパソコンなんだから。
9時から、彼の出る歌番組が始まる。私はその為に生きているんだ。
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